腰痛とピラティス―痛みを理解し、動きで変化をつくるアプローチ―

腰痛を抱えるクライアントを前にしたとき、「どこからアプローチすべきなのか」「何をすべきなのか/してはいけないのか」と悩む指導者は少なくありません。
“腰痛”の原因は多種多様でひとつではないため、当然ながら解決策もひとつではありません。
だからこそ、ピラティスが提供する「動きの再教育」は、腰痛のあるクライアントにとって非常に有効な選択肢となります。

この記事では、ポールスターピラティスのShelly Power先生による Pilates Hour #198 Back and Better の内容を参考にしながら、腰痛の理解からピラティスでできる具体的なアプローチまでをまとめました。

クライアントの腰痛をどう捉えるか

腰痛の経過を知る

腰痛は発症してからの期間で大きく3つに分かれます。

  • 急性期:4週間未満(米国では6週間以内)
  • 慢性期:12週間以上
  • 亜急性期:その中間

また、一度良くなっても再び痛む再発性腰痛も多く、
指導場面ではクライアントの腰痛が発症してからどれくらい経つのか、
どんなきっかけで痛みが出てきたのか、
腰痛の経過を知ることがとても重要になります。

まずは質問。情報はクライアントから得よう

腰痛の経過を知るために、問診は最初の大切なステップです。

  • 何をすると痛むのか
  • 何をすると楽になるのか
  • 日常生活で困っている動作は?
  • 今できることできないことは?

そしてスタジオに入ってくる様子を観察するだけでも多くのことが分かります。

  • 歩き方
  • 靴の脱ぎ履き
  • 立ち座り

こうした日常動作こそ、その人の“動きの戦略”が最も現れる場面です。

「動きやすい部位・動きにくい部位」を見る

腰痛の原因となる疾患には、
腰部脊柱管狭窄症、腰椎椎間板ヘルニア、腰椎分離すべり症など、
さまざまなものが存在します。

既往歴がある方の場合、診断名を確認することは大切ですが、
画像所見と症状の有無は、必ずしも一致するわけではありません。
例えば、骨の縁にトゲのような突起(骨棘)があっても、症状がない人も多く見られます。
MRIで“異常”が見つかっても、それが痛みの直接的な原因とは限らないこともあるのです。

ここで大切なのは、例えば狭窄部位など、「疾患部位そのもの」を直接ターゲットにしないことです。
つい「この疾患に対して何かしなくては」と考えがちですが、
movement teacherとしてのピラティスインストラクターの役割は、疾患部位そのものを“治療すること”ではありません。
ピラティスインストラクターの役割は、動きの戦略を改善すること
すなわち、症状を悪化させる動きを避けながら、隣接するエリアの可動性やしなやかさを高めることにあります。腰痛の場合、具体的には胸椎と股関節の動きを改善することに重点を置きます。

 「動きの分散=力の分散」

ポールスターピラティスでは、
“動きの分散は力の分散につながる”
(Distribution of Movement = Distribution of Force)
という重要な概念があります。

身体のある部位が本来の動きをしていない場合、別の部位がその仕事を肩代わりし、繰り返し使われるため、過剰に負担がかかります。
腰痛の場合、腰椎の上下に位置する股関節や胸椎が十分に動かなければ、腰がその分を補い、負担が集中します。

腰痛がある方でよく見られるのが、

  • 股関節がうまく動いていない
  • 胸椎の伸展・回旋が硬い

というパターンです。
この場合、様々な動作を腰だけで頑張ることになり、同じ部位ばかり使うので、痛みのループから抜け出せません。

だからこそ、胸椎と股関節の可動性を改善することは腰痛改善の戦略として、とても大切です。
胸椎の、

  • 回旋
  • 側屈
  • 伸展

この3つの動きは、日常生活で背中を丸めた姿勢になると使われづらいため、胸椎の可動性を取り戻すことが大切です。

また、「股関節ってどこにあるの?」という方も意外と多いのです。
だからこそ、まずは体の仕組みを知るところから始めて、エクササイズを通して股関節の可動性を少しずつ高めていきます。
そして、実際の動きの中でしっかり股関節を使い、スムーズにコントロールできる力を育てていくことがとても大切です。

胸椎と股関節が本来の動きを取り戻すと、腰のみに集中していた負担が軽減されます。
動きの戦略を改善するだけで、痛みが減り機能が向上することは非常に多いのです。

「フライエットの法則」とは?

「フライエットの法則」は脊椎の可動性、特に各椎骨の利用可能な可動域に関するものです。
なぜ背中を丸めると胸椎回旋や側屈がしにくいのか、「フライエット第三法則)」で整理してみましょう。

  • 椎骨セグメントは、屈曲・伸展・側屈・回旋のそれぞれに一定の可動域を持っています。ある方向に動いた場合、他の方向への可動域は少なくなります。
  • 背中を丸めた胸椎屈曲位になると、屈曲した分、利用できる側屈・回旋の可動域が減ります。
    そのため、振り返るなどの動作でさらに回旋を加えるときに、ニュートラルポジションで行う回旋に比べて、屈曲位で行う回旋は可動域が制限されます。

この考え方は、複合的な動き(例:Saw)を行う際にも重要で、個々の動きの可動域を尊重することで、無理に動かしすぎないようにします。
またMermaidで背中が丸まった姿勢から始めると、側屈の可動性がほとんど残っていません。そこで、椅子やクッションに座らせて背骨をニュートラルに近いポジションに保つことで、持っている本来の可動域を使いやすくすることができます。

まずどこから動けばよいの?

腰痛を抱えるクライアントには、まず 股関節の分離運動(disassociation) が有効です。

股関節の分離運動とは、体幹を安定させながら股関節だけを動かすエクササイズのことで、
マットでは Dead BugFemur Arc、マシンでは FootworkFeet in Straps などがあります。
仰向けだけでなく、横向きや四つ這い、立位で行う股関節の分離運動のエクササイズは多数あります。

リフォーマーなどのマシンは、股関節の可動性を安全に引き出しつつ、
過度に腰部へ負担をかけない環境を作ることができます。
そのため、腰痛のあるクライアントこそマシンを活用したいところです。

Feet in straps, Reformer
マシンを活用すると、より楽に動けます

動くときに大事なのが ボーンリズムです。
股関節屈曲では大腿骨が屈曲に伴い外旋方向へ動き、
骨盤の坐骨が広がり、骨盤上部は内側へ近づく——
こうした関節の自然な動きに沿うことで、腰への負担を最小限にできます。

「ボーンリズム」とは?

「ボーンリズム(Bone Rhythms)」とは、“関節運動学(Arthrokinematics)”の親しみやすい呼び方で、関節の中で起こっている微細な動きを指します。
基本的には無意識レベルで行われる関節の中の動きですが、この動きを意識することにより、関節の適切な動きを促し、誤った動きや過度な負担を避けることができます。
股関節だけでなく、肩関節や脊柱、膝関節など全身の関節でどのように動くかをイメージすることができます。

クライアントにとって「快適な動き」を探索する

ピラティスが腰痛に効果を発揮する最大の理由は、
クライアント自身が身体をコントロールできる感覚(内的コントロール)を取り戻すことにあります。

痛みを恐れて動けなくなっていた人が、

  • 動くと楽になる
  • この方向なら痛くない

というような感覚を積み重ねていくと、
自分の中で何が起きているのか”を感じ取れるようになり、
動くことへの不安が減り、前向きな身体の使い方へ変化します。

これは「動く=痛い」という思い込みから脱却する、非常に大きなパラダイムシフトであり、痛みを改善して再発を防ぐうえでとても大切です。

ピラティス指導者の役割とその業務範囲

場合によっては、自分以外の専門家に紹介する方がよいこともあることに留意しておきましょう。

スコープ・オブ・プラクティス(scope of practice 業務範囲)とは、専門職が実施することを認められている活動や職務内容を指します。

ピラティスインストラクターの役割は「疾患を治療すること」ではありません。
痛みが激しい場合は指導を控え、必要に応じて医療機関の受診を促すことは重要です。
また通院中のクライアントがピラティスセッションを希望している時は、念のため主治医から運動して大丈夫か指示が出ているか確認しましょう。

「本当に動いて大丈夫かな?」と判断に迷った時は、経験豊富な先輩インストラクターや身近にいる理学療法士などにも相談しましょう。

ひとの身体に対してアプローチする以上、常にリスク管理は必要ですが、
その一方で、多くの腰痛は適切な動きの戦略や軽い負荷で大きく改善することが分かっています。
そのため、ピラティスインストラクターは、

  • 安全に動けるかを見極める
  • 必要な質問をし、生活の様子を理解する
  • 動きの選択肢を増やす

という点に留意して、痛みの出ない“成功体験”をクライアントに提供しましょう。

ピラティスを日常生活へつなげる

ピラティスの効果を最大化するには、週1〜2回のセッションだけでなく、日常でも少しずつ動きの工夫を取り入れることが必要です。

  • 壁に立って姿勢を確認する
  • 立ち座りの際に股関節に着目する
  • 椅子の高さを調整する
  • 座り方を見直す

スタジオで学んだことを生活に落とし込むことで、痛みの改善は大きく前進します。

立ち座りをしている女性の写真
日々の生活場面にピラティスで体得したことを取り入れたい

まとめ

腰痛があると「腰を何とかしよう」と考えがちですが、
腰痛に対するピラティスの役割は、病名に対する治療をすることではなく、
身体全体の動きの戦略を変え、
痛みの出ない成功体験を積むことにあります。

ピラティスではクライアント自身の痛みの理解を深め、胸椎や股関節の可動域を改善し、マシンの活用などを組み合わせることで、
クライアントは安全かつ効果的に運動能力を高めることが可能です。

今回紹介した内容は、すべて以下の動画を参考にしています。
日本語字幕も選べるので、より詳しく知りたい方はぜひチェックしてみてくださいね。
参考動画:Pilates Hour #198 — Back and Better – Improving Low Back Pain(Shelly Power)

今回のような内容は、
ポールスターピラティスの「コンプリヘンシブ養成コース」で深く学びます。
パーソナル指導でどのようにエクササイズを選んで提供するのか、
その考え方をしっかりプログラムデザインで学んでいきます。

養成コースに参加しようか少しでも迷っている方は、ぜひお気軽に説明会にご参加ください。
オンライン説明会は随時開催中です。

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